地球のためにできること

下着・ファッション・着物であなたの魅力を可視化するイメージコンサルタントIzumi Woods です。

 

【地球のために出来ること】

って普段の私の朝のトピックには珍しいテーマについて朝から会話してました。

その理由は、環境保護活動家の16歳の少女の国連でのスピーチビデオを見たから。

大人が目先の経済や自分達の都合で自分達の未来に大きな「負の遺産」を残す事を容認していることを怒っている。本気で。

彼女達の立場に立ったら、そう思うよね。

思わず「ごめんなさい。」ってビデオに向かって心で謝ったわ。

 

未来の世代に安心を残していきたい、大人は個別にはきっとそうみんな思ってる。

でもそれが容易に現実にできないのは、それぞれの立場で好都合と不都合があるから。

 

例えば、

先進国はこれまで、石油石炭エネルギーをバンバン燃やして地球を汚しまくって国や産業が成熟させてきた。
じゃ、現在発展途中の国は?
排気ガスを出さないために燃やすことに制限→発展に充分なエネルギー確保できない→経済成長できないなんて不公平!
という都合。

石炭は環境保護の観点では一番地球を汚すエネルギー源なんだけど、
その産業に従事する人は世界に何百万といる。
環境のために石炭を使わなくなれば、その人たちの暮らしはどうなるの?という都合、
など。

資本主義では、環境問題へのアプローチは限界があるというのが大きな見方らしい。

好都合・不都合を超えた先にあるものに目がいかないから、

結局、それぞれがそれぞれの立場を超えてこないから、現実が変わらない。という袋小路に陥るパターン。

「うーん…」ってなんだか悶々としてた時

阿部敏朗さんという方のFacebook 投稿がシェアされてて、心に何がが響いたので記事にしようと思いました。

以下、一部抜粋です。

 

昨日、とある駅前で政治家の演説会に出会いました。

いま注目を集めている新しい政治リーダーです。

駅前には多くの人達が集まり、熱い声援を送っていました。

その光景を見て、どうしてもぬぐえない違和感が残りました。

いままでにも幾多の政党が生まれ、新しい政治家が登場し、そのたびに国民の期待を浴びるのですが、戦後だけ見てもそんなことが無数に繰り返されてきました。

その結果、何がよくなったのでしょう。

何も変わりません。

それとも今度こそは、新しい政党や政治家の出現で何かが変わるのでしょうか。

確かに世の中がこのままでいいとは思いません。

生まれながらの貧富の差や、弱者への配慮が行き届いているとも思えません。

環境破壊や核の問題も、いまだに解決の糸口さえ見つかっていません。

それができなかったのは、いままでの政治家が無能だったからでしょうか。

僕はそうは思いません。

むしろ一部の優れた指導者が大衆を先導して新しい社会を作るという、この構図自体が間違っているのだと思います。

平和運動や、政治改革が無数に繰り返されても、結局は同じなのはこの理由によります。

それではどこに希望があるのでしょう。

希望は一人一人の覚醒ではないでしょうか。

自分が何者であるのかを知ること。

分離した自己という感覚から、全体意識にシフトすること。

それ以外に道はありません。

いつかいつか良くなるのではなく、いまを感得するのです。

いまの中に争いはありません。

未来を持ちだすから争いが始まるのです。

何を言っているのか分かりますか?

数十億の人達の覚醒などと言うと、途方もないことのように思うかもしれませんが、大切なのは世界に目を向けることではなく、あなた自身が覚醒することです。

社会や世界を変えようとする前に自分自身と取り組むこと。

それが唯一可能な理想社会への道だと思います。

たとえ平和運動や平和集会と言えども、あらゆる運動は攻撃的であり、その背後に暴力性が潜んでいます。

自分の問題を見たくなくて、社会問題にかかわる人たちのこともたくさん見てきました。

誤解を招くかもしれませんが、まずは社会をいったん横に置いて、徹底的に自分と向き合うのです。

それが自己を超えていくことに繋がり、その結果、社会が変わり始めます。

繰り返しますが、社会から取り組むのではなく、まずは自分自身です。

世界を変えるのはムーブメントではなく、自己変革だということ。

そう感じています。

人によってはこのような考えは責任放棄に見えるかもしれません。

まずはこの社会をなんとなしなければいけないのに、自分と向き合う?

無責任な精神論に聞こえた人もいることでしょう。

このような話は実際に顔を合わせて話すことであり、不特定多数に活字で報告することではないかもしれません。

でもきっと何かを感じてくれた人もいるはずです。

最後まで読んでくれてありがとう。

(抜粋ここまで)

「たとえ平和運動とはいえ、攻撃性を含んでいる」

なんか、このフレーズにドキッとしたし納得したんですよね。

守りたいものがあると、守るために外側に向かう力も生まれる。

それは自然なことであって、その人にとっては正義で正当化される。

戦争も同じ構造よね。

そうなると平和も健全な環境も作れないのかな。。

ってまた袋小路に入るけど、

 

「あなたは私、私はあなた」

 

の感覚を会得する事は、たしかに二極化による反発力を緩和すると思うんです。

 

34歳で復学して学んだiBS外語学院で、
論文のテーマとして禅の作務を研究してたとき、

「庭掃除などの雑務ともいえる作業を通して悟りの境地へ達した僧侶」の話に出会ったことがあるんです。

雑務と言われる小さな事を通して、悟りという大きなものにたどり着けるなら、

「自分という小さな存在を通して、地球や世界という大きな存在を知る」

ことも可能だってことじゃない?

 

社会問題や環境問題は大きすぎてどこから手をつけていいのか分からない。

自分にはそれを変える力なんてない、とつい無力感を感じてしまう。

 

だからって、また片目を閉じて見なかったことにするよりも、

「そのために”自分”と向き合うんだ」という意図を持つ。

そうすると、その意図は次第に現実に反映されて行くのではないかしらと。

「自分と向き合う」こと。

「自分を知る」こと。

 

「自分を知っていくこと」って、
最近受講した『自分ビジネスオンライン講座』のコアの内容にも通じてるから、
めちゃタイムリーだし。

 

冒頭の彼女達を失望させない未来を残すために
可愛い甥や姪やその先の子供達が健やかに暮らしを営んでいける未来を作るために、

一見関係ない、もしくは遠回りに見えても、

それが、

「最短の回り道」になる可能性があるのなら、
やってみる価値ある!って思うから。

 

『意図したら、現実は変わる』

その検証も兼ねて、やってみようと思う。

 

下着・ファッション・着物であなたの魅力を可視化するイメージコンサルタント
Izumi Woods でした。

 

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